こんばんは、本坊です。
四国劇王獲りました。
次回は全国の舞台へ。神奈川芸術劇場へ行きます。
観客票、審査員票共に圧倒的な評価をいただきました。
開票中は震えが止まらず、劇王を獲った瞬間大泣きしました。
あんなに泣いたのは10年ぶりです。
お客さんの感想も嬉しかった。
「震えて涙が止まらなかった」
「とにかく、本坊さんにありがとうと言いたい。」
「世界劇団を誇りに思います。」
と、たくさんのメッセージを頂きました。
泣きながら握手を求めてくる方もいらっしゃいました。
演劇をやっていて良かった。
と、強く思いました。
ところで、
私は普段 病院で実習をしています。
病院という場所は街に必要で、人の生活に必要です。
しかし、劇場は 街に必ず必要かと言われたらそうではない。
劇場が無くても生きていける人が沢山います。
病院か劇場か、どちらが必要か?
という問いには「病院」と答えざるを得ません。
そういったことを考えると、自分が演劇を懸命に取り組んでいることに壮絶な虚しさを感じる時があります。
以前、「演劇は必要だ!演劇にしかできない力があるんだ!」といったテーマで脚本を書き、
世相を罵った野外テント芝居をしたことがあります。
打ち上げで この悩みを審査員の方々に打ち明けました。
「演劇は社会に必要か」
「演劇は何の役に立つのか」
答えは容易に出ません。
ひたすらに悩み続けています。
しかし、こうして悩み続けることで私の創造性が保たれているのでしょう。
演劇が社会に必要か否か、定かではありませんが、
人に何かを伝えたいとき、私は「演劇という有力な武器」を有している、と考えることにしました。
私はこの恐ろしい時代で何を表現すべきなのか、もちろん今までも考えて活動していました。
しかし、これからは更に考えていく必要性があるように思います。
「今、この社会で何を伝えるべき?」
「私は人々に何を発信すべき?」
「演劇は必要なの?」
演劇をすることが「目的」ではなく、
演劇を「手段」として「何を目的に」活動するのか、
多角的に考えていこうと思います。

